花街・辻の女性「じゅり」とは
いずれやらなきゃならないなぁと思っていることではあるのですが、「じゅり」を簡潔に説明できるまで、まだまとめきれていませんので、今時点で知っていただきたい要点だけを・・・。
琉球国、第二尚氏王統・11代尚貞王時代。
現在の沖縄県那覇市辻あたりに、1672年に創建された花街・辻。
大正9(1920)年に貸座敷組合ができるまでは、辻は(女性を支配する男や下男はおらず)女だけで成り立っていた、たいへん稀有な花街だったと伝わっています。
辻に根を下ろし暮らしを営んだ女性は「じゅり(ジュリ)」と呼ばれていました。
じゅりたちは御嶽、祈りを心の拠り所に、礼節を重んじ、義理・人情・報恩を基軸とした品性を兼ね備えた女性たちでした。
じゅりたちは髪を結い、琉装(琉球の様式)で美しく着飾り、薩摩や中国など国内外の賓客を琉球料理や琉球の歌舞芸能でもてなしました。
じゅりは、琉球の外交を陰で支えた女性であったのです。外交を陰で支える行為は、おのずと琉球の芸能と文化を紡ぐことに繋がります。
「戦後、琉球の芸能や文化が途絶えずに今日まで来れたのは、じゅりたちが居たからこそ」と考える方もいらっしゃるほどです。
「じゅり」を漢字で表記すると
じゅりを漢字表記する場合、「尾類」と表記することがまま見受けられます。
尾が生えた類(たぐい)とは・・・。
じゅりを蔑むような、あまりにも悲しい当て字だと思っています。
さて、じゅりを漢字で表記する場合、もうひとつあります。
こちらも2文字で表記するのですが、一般的な漢字ではないのでヤッケー(厄介)です。
じゅりの「じゅ」=「侏」 こちらは表示することが可能です。
しかし、もう一文字「り」は自分のPCで外字として作ることはできるのですが、文字の大きさがイマイチだったりとうまくいきません。
何より機種に依存するので、外字を作成してもweb上で使えないんですよね。。。
ちなみに、こんなふうに 侏 と表記されてしまいます。
には、人偏に「璃」の「つくり」が入ります。
さらに調査研究、チャレンジすれば、ひょっとしたらうまく行くのかもですが、、、
そこに労力時間をかける余裕はないので、ここで諦めます!!
諦める宣言を「ななろぐ」(当ブログ)でするとは(苦笑)
他愛もないお話に最後までお付合いいただきにふぇーでーびたん☆
今日もご愛読にふぇーでーびる☆
うまんちゅぬ あちゃー かふー うにげーそーいびーん。
みなさまに琉球弧のすべての神々のご加護がありますように☆