「豊見瀬御嶽」@沖縄県豊見城市(2021年撮影)

ふと最近、沖縄県豊見城市の「沖縄空手会館」裏手にある「豊見瀬御嶽」を思い出しました。

※位置をわかりやすくするために書きましたが、空手会館の方があとから出来たので、御嶽の神様には失礼な書き方になっています。ぐぶりーさびら。(o_ _)o

「前に行ったのはいつだったかなー」と写真を探すと、2021年12月11日(土)16:30頃でした。

2021年は御嶽の前までクルマで行けたのですが、最近行こうとしたら途中から車両通行止めになっていました。

車両通行止めの場所からクルマではすぐなのですが、歩くとなるとまぁまぁ歩くかもーと思って最近はまだ行っていません。

 

※写真はすべて2021年12月11日(土)16:30頃にスマホで撮影したものです。

沖縄県豊見城市にある「豊見瀬御嶽」

道路から御嶽へ向かう右手に石碑「ハーリー発祥の地」がありました

 

【出典】豊見城市役所(https://www.city.tomigusuku.lg.jp/material/files/group/9/syoukou-k-006.pdf)

 

豊見瀬御嶽 とみせうたき

豊見瀬御嶽は豊見城グスク内にある御嶽のことをいい神名コハナリノイベといいます。

戦前はアーチ状の門構えで、入口は木戸で造られていました。そこは「ティミスノウチ」と言われ、中に入るのは豊見城ノロとお供をするビンシー持ちの二人だけが入る事が許されており、入口で草履を脱いで入っていたと言われ ます。現在は地域住民によって整備され近代的な建物にな っています。

 『琉球国由来記』『琉球国旧記』にはハーリーと雨乞いの祭祀の際は同御嶽に参拝すると記述され ています。毎年旧暦5月4日に那覇、泊、久米村によって行なわれるハーリーの際にはハーリー船で豊見城グスクの漫湖に浮かぶ小島のチーヤに船を漕ぎいれ、グスク内の御嶽に拝礼したといわれ、ハー リー歌にも「豊見城上て」と歌われています。当日は豊見城の4集落(豊見城、真玉橋、嘉数、根差部) は供え物を持ち寄って参拝し、豊見城御嶽からもカゴや人力車でやってきてお供え物をし、ハーリーシンカ(漕ぎて)にふるまわれたといいます。また、干ばつの時は那覇の王府役人等と雨乞いの儀式 を行っていました。豊見瀬御嶽への参拝は豊見城グスクが火攻めによって落城したといわれることから、丙(ひのえ)の日は避けて参拝します。

【出典】豊見城市役所(https://www.city.tomigusuku.lg.jp/material/files/group/9/syoukou-k-006.pdf)

人がいなくて、気持ちの良い場所だったなー。

今度クルマを下りて歩いてみようかな。

早く公園が整備されるといいなぁ。

今日もご愛読にふぇーでーびる☆

あなたに幸多きことを。

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