【琉装】ぽっこりで「からじ結」を手軽に

琉装といえば「からじ結」

艶やかな琉球の衣装に身を包まれた女性。

髪型、ヘアスタイルは自由。

なのですが、

うちなーからじを結うことによって、琉装の特徴と魅力が全開。

「からじ結」は女性の琉装姿を大きく左右すると言っても過言ではないかと思います。

令和6年じゅり馬まつり地域パレードにて。一般公募の女性たちによるじゅり馬スネーが披露されました。 からじ結も着付けもプロの先生方が駆けつけてくれました。 カラジには、辻自治会が大切に保管している昭和時代のイリガンとジーファーが用いられました。

 

琉球国時代の女性は身分によって髪型が少し異なっていたサ

女性のからじ結に欠かせない小道具のひとつが「ジーファー(かんざし)」です。
かつて琉球国時代の女性は、身分によってジーファーが異なり、からじも首里結、那覇結、辻結など、地域や身分によって異なったとされています。
詳細はまたどこかで。

 

琉装の「からじ結」には(だいたい)「イリガン」を使います

琉装の女性らしさ全開のからじを結うためには、「長い髪」と「髪のボリューム」が必要です。

長い髪ってどのくらいの長さかというと、だいたい腰~チビ(おしり)以上の長さが必要かと思います。

でも、それだけ髪が長いと、洗うのも乾かすのもダイズさいが(大変です)。

なので、たいていの女性は「イリガン」と呼ばれる付け毛、いわゆるエクステを使って結い上げます。

イリガンは、ストレートであることが基本です。
イリガンには大きく2種類、人の髪でできた「人毛」と、イミテーションで作られた「人工毛」があります。
近年では、パーマをかけていない、染めていない、髪をすいていない、という三拍子揃ったストレートヘアの方は 絶滅危惧種 極めて稀です。
そのため、質の良いイリガンは年々減っています。
人毛の方が質もよく、結いやすく、お手入れもしやすいのですが、いかんせん値段が高い。というのが実情です。

沖縄県那覇市の辻自治会が所有している「イリガン」

 

からじ結はとっても難しい!!

イリガンとジーファーが手に入りました。

さー、からじ結にチャレンジ!

とは言え、琉球のからじ結はとても難しく、簡単には結えないんですよ。
うまくキレイに結えるようになるまでには、かなり、相当練習する必要があります。
例えば、教えてもらいながらだったとしても、1~2回習っただけで結える方は美容師さんくらいかも? です。

ほんとーに難しいんですよ。

日本髪を結うときはブロッキングしてから結いますので両手が自由になるそうです。
ところが、からじ結(※かつら結いの場合)は片方の手はずーっと髪を掴んだまま=結っているあいだ自由になるのは片手だけなんです。
それもからじ結が難しくなる点なのかも・・・。

なんでこんなややこしいんだ?!と思うほどですよ。
慣れれば自分でも結えますが。。。
大切な舞台などの場合は、プロの髪結師にお願いする方が多いようです。

※からじ結いには、大きく結い方(結う方法)が「かつら結」と「ケーシ結」という結い方があります。詳しくはまたどこかで。

ぽっこりを使った「からじ結」で必要なもの

とにかく難易度が高い琉装の髪型。

そこで登場するのが、「ぽっこり」です。

ぽっこりは、結い上げた部分のカタチを作ったものです。
ものすごーく簡単にいうと、髪の上にのっける被り物、カツラみたいなものです。

自分の髪で土台部分のカタチづくりは必要ですが、「ぽっこり」を乗せるだけで、なんちゃってうちなーカラジになります。

ぽっこり、ちょっとグチャグチャになってます。(照)

<ぽっこりを使った「からじ結」で必要なもの>

◎ 鏡は必須です。

・ぽっこり
・ジーファー
・ゴム(自分の髪を結ぶ用)
・櫛
・コーム
・アメピン(5本以上)
・Uピン(5本以上)
・整髪料(ヘアクリームやスプレーなど、髪をまとめ固める整髪料)
・ケタブ(ケタボ) ← 髪にボリュームがある方だと不要かもです
・手鏡
・着物を保護する肩に掛ける手ぬぐいやタオルも1枚あると良いかも。

 

「ぽっこりを使ったからじ結を教えてほしい」とのリクエストがあったので、その方に「ぽっこりを使ったからじ結いで必要なのはこれですよー」というのをLINEするにあたり、なんとなくココまで綴りました。

※からじ結に必要なモノや結い方は、流派や個々人によって異なります。
私は現時点ではどこの流派にも所属しておりません。(o_ _)o

 

今日もご愛読にふぇーでーびる☆

うまんちゅぬ あちゃー かふー うにげーそーいびーん。
みなさまに琉球弧のすべての神々のご加護がありますように☆

 

本日、旧暦3月3日「浜下り」

2021年4月14日の今日は、旧暦3月3日「浜下り(ハマウリ)」。

沖縄では、今日は重箱を持って海に遊びに行く日です♪
厳密には、旧暦3月3日、女性は海で身を清めるという習わしから海へ行きます。

現在はわかりませんが、15年ほど前の浜下りでは、一部の米軍施設の海辺が開放されていたので、友人たちとそこへ遊びに行ったことがあります。
ふだんは入れない区域に年に一度入れるとあって、地元のおじぃたちは装備万端、気合を入れて海に潜っていたことが印象的でした。(*^^*)

本日は、2008年、いまから13年前の懐かしい「浜下り」の記事をご紹介したいと思います。

2008年の平安座島「浜下り」

※2009年以前の写真(オリジナル)が残っていないのが残念です。(>_<)

 

七海も昼あとは、ぴっちゃがま ナンミンかい いちゃびら♪ o(^-^)o

うまんちゅぬ あちゃー かふー うにげーそーいびーん。
みなさまに琉球弧のすべての神々のご加護がありますように☆

 

 

那覇三大祭りのひとつだった昭和時代の「じゅり馬まつり」

ぐすーよー、ちゅううがなびら(みなさま、こんにちは)☆ (^-^)/
本日も沖縄ジョートー市場店主ブログへお越しいただきありがとうございます♪
&いつも沖縄ジョートー市場をご愛顧いただき、まことにありがとうございます☆
雨の那覇から七海(ななみ)こと「ねこ」こと、店主・ミカ(安積美加・ASAKA MIKA)です。

残念なことに、2020年に続き、コロナ感染拡大防止のため、2021年の「じゅり馬まつり」も中止となりました。

かつて「じゅり馬まつり」は、「那覇大綱挽」と「那覇ハーリー」とともに、那覇の三大祭りとして人気を博しておりました。
しかし、紆余曲折あって、現在は上江洲安明(うえず・あんめい)理事長の強い信念によって、一般財団法人辻新思会(つじしんしかい)が開催を続けております。

今日は、昭和時代の「じゅり馬まつり」がどんな立ち位置であったのかをご紹介したいと思います。


「じゅり馬まつり」は戦争で一時途絶えたものの、料亭「松乃下」の上原栄子(うえはら・えいこ)さんを中心に、辻の有志たちの熱意によって、1953年(昭和28年)3月5日に見事に復活しました。
この年は、戦禍に見舞われた波上宮の御本殿と社務所が再建されているのも、ねこ的にはご縁を感じます。

昭和62年開催「那覇旧廿日正月祭り」(じゅり馬まつり)

昭和62年に開催された「那覇旧廿日正月祭り」(じゅり馬まつり)のパンフレットには、昭和62年は2月21日(土)・22日(日)の2日間にわたっての開催されていたことが記されています。
こちらのパンフレットから一部抜粋して、当時のじゅり馬まつりがどのような位置づけであったかをお届け致します。

那覇旧廿日正月祭り
■日時 昭和62年2月21日(土)・22日(日)
■場所 那覇市辻町
●主催 那覇旧廿日正月祭り実行委員
●後援 那覇市・那覇市観光協会・那覇商工会議所
●協賛 沖縄タイムス・琉球新報・NHK沖縄放送局・琉球放送・沖縄テレビ・ラジオ沖縄・FM沖縄(順不同)


那覇旧廿日正月祭り実行委員会会長・上地敏一氏『ごあいさつ』より一部抜粋
那覇旧廿日正月祭りにおいても企業のOLや女子学生達の積極的な参加により年とともに規模を拡大し名実ともに那覇の三大祭りとして、健全な市民の祭りとして定着してきたことを皆様方ともども喜びたいと思います。これからも内外に広く楽しめる要素を開拓し、古き良きものは残し、あわせて地域社会の発展と融和をはかり内容の充実した祭りに致したいと思います。

那覇市長・親泊康晴氏『祝辞』より一部抜粋
皆様方もよく御承知のとおりこの、「那覇旧廿日正月祭」は、三百有余年の伝統と歴史をもつ由緒ある祭りで、勇壮な「那覇大綱挽」や「那覇ハーリー」に対し、優美さ華麗さを代表する那覇の名物行事であります。
・・・本祭りは、那覇市の観光資源としても貴重な財産として観光振興に大きく貢献しているところであり、市といたしましても本祭りの継承発展のため協力してゆきたいと思います。

沖縄県知事・西銘順治氏『祝辞』より一部抜粋
那覇三大祭りの一つとして、長い間市民に親しまれてきた「じゅり馬まつり」が伝統行事のより一層の発展を期して、このたび名称を「那覇旧廿日正月祭り」と一新して、地域婦人会、子供会、商店街の方々の参加のもと新春最大のイベントとして開催されるに至りましたことは誠に喜ばしい限りであります。

那覇の三大祭りとして2日間にわたり、OLさんや女学生、子供会、婦人会も参加されて、これほど盛り上がっていた「じゅり馬まつり」。

それが、まことにたいへん遺憾なことに1988年(昭和63年)のまつりを最後に、1989年(昭和64年/平成元年)以降中止に追いやられてしまいました。
中止に追い込まれた要因は、ある女性たちを中心とした団体の猛反対だったと伺っています。(団体名や女性のお名前も伺っておりますがここでは伏せておきます。)

花街・辻の創建は1672年。「じゅり馬まつり」が始まった年代は定かではありませんが、300年ほどの歴史を有するであろうと推定されています。
「じゅり」とは、祭祀をこころの拠り所として花街・辻で暮らし、“義理・人情・報恩”に生きた女性のことです。
「じゅり馬まつり」を否定することは、歴史ある伝統祭事の破壊、じゅりたちの存在を否定し無視することですから、とても、残念です。

2000年2月27日(日)、財団法人辻新思会(つじしんしかい)によって、12年振りに復活を果たした「じゅり馬まつり」。
現在は、大変強い信念をお持ちの上江洲理事長を中心に財団(辻新思会)が開催を続けています。
(ちなみに、2000年に開催されたじゅり馬まつりには約1千万!の経費がかかっていたようです。あぎじゃびよー。)

ねこ的には昭和のように、地域の方々の参加と応援、那覇市・観光協会等の後援があった頃の「じゅり馬まつり」に復興できたらなぁ、と個人的に願っています。

そのためにも、辻のねーさん(じゅり)たちのこと、辻のことを少しずつでも、もっと広く、多くの方に知っていただけたら、と思っています。

今年は少しずつ、良い方向へ動き始めていると確信しています。
去った廿日正月神事の後、20年余り辻を研究されている方と再会できましたし、現在の辻自治会長さん(女性の方です)と偶然隣席となってお話することができ、「じゅり馬まつり」を応援しますとおっしゃってくださいました。

ビンシーの文字を見つけたことをきっかけに、ねこはこの一年、辻について重点的に、真剣に調査研究しようと思っています。
辻の情報をお持ちの方はぜひお知らせ頂けましたら幸いです。

最後までお読み頂きありがとうございました。
今日もご愛読にふぇーでーびる☆

素敵な週末をお過ごしください☆o(^-^)o

うまんちゅぬ あちゃー かふー うにげーそーいびーん。
みなさまに琉球弧のすべての神々のご加護がありますように☆